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ロボット手術はなぜすごい 連載 第17回

コラム ロボット手術はなぜすごい

2025/02/17

第17回 集中しすぎないこと

ノラリ・クラリ(ロボット外科医)
脳は予測器官

脳科学の世界では、脳は究極の予測装置という説がある1)。われわれが不自由なく生活したり、活動できたりするのは脳内に今までに構築した自分の環境の記憶と照らし合わせているからであり、外部からのインプットが自分の構築した環境モデルに変化があるかないか、能動的に予測しているというのだ。感覚器からのインプットは多くを受容しているようで、実はほとんど知覚されていないかもしれない。予測通りであれば意識されないからだ。ところが、あなたが自分の部屋に戻ってきて、いつも机の上にあるパソコンがなかったり、いつも閉めっぱなしの窓が少しでも空いていれば、すなわちあなたの予測と異なれば、とたんに何が起こったか知覚され、その原因を考え始めるであろう。

手術においても、いつもどおり順調に進行していれば、いつもどおりの展開であれば、いつもどおりの予測された手術野が現れれば、問題なく手術は完遂されるであろう。あなたの手術の設計図どおりであれば、あまり意識されずに円滑に進むのである。ところが突然予期せぬところに太い動脈が現れたり、静脈の枝が抜けて予期せぬ出血が起こる。あるいはいつもはスラスラと展開することができる剥離面がガチガチに癒着していれば、途端にあなたは原因と対処法を考えなければならないであろう。

安易に予測しない

われわれの直感は経験を積めば積むほど磨かれるが、気をつけなければいけないことがある。われわれの知覚はあまりにも直感を頼りにしすぎると、過ちを冒すことがあるのだ。ネットで「予測して読む」と検索すると、2018年にどら焼きの老舗「中尾清月堂」が、どら焼きの大規模な改良のキャンペーン広告文で、富山県のデザイン賞(富山ADC賞)を受賞した記事がヒットする2)

みまなさに だじいな おらしせ。
こたのび なかお せいげどつう が
ぜたっい に ばれない ように
どやらき の リニュアール を
おなこい ました。

どら焼きの味を変えたことを告知するこの広告文のおかげで、10日間で過去最高の5万9200個を売り上げたそうだ。慎重に読めばすぐ誤りに気がつくであろうが、われわれは文字のかたまり(単語)を予測して読んでいるので気がつかないし、自分で書いた文章に間違いがあっても気がつきにくいものである。文章だけではない。われわれの視覚は、直感でモノを見すぎると、あるいは予測して見ていると細かいことに気がつかないことがある。昆虫など生き物の擬態には実に巧妙なものもあるが、知覚が予測に頼りすぎると気がつかないものである。擬態を見抜くには、疑いを持って慎重に観察しなければならない。そう、大人になると生活や活動そのものが予測や直感に頼りすぎて、そのつもりはなくても大半をオートマチックに認識したり、行動したりしているのである。

手術においても、修行中は目を凝らして見ているにもかかわらず解剖が見えていなかったりするが、場数を踏み、直感が磨かれてくると、予測で解剖を見たり、直感で手術を行ったりすることが多くなる。これは熟練したという意味では決して悪いことではないが、気をつけないと錯覚や錯視によって切ってはいけない血管や神経を切ったり、思い込みという予測によって誤った剝離面に入ったりする。時には全体を見渡して、自分が直感に頼りすぎたり、予測で視野狭窄に陥ったりしていないか、確認する必要がある。

ダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)で手術をしているとき、サージャンのやるべきことはひとつしかない。あらゆる局面において集中しすぎないようにすること。あるいは予測しすぎない。これだけである。

手術におけるゾーン:ダ・ヴィンチの没入感

ロボット手術に集中していると、あまり時間感覚がないか、ゆっくり進んでいるような感覚になる。 これは、野球で打撃の神様が全盛期に「ボールが止まって見えた」とか、あるいはバスケットやサッカーの選手が、「相手がスローモーションで動いているように見えた」という、いわゆる「ゾーン状態」に入っているのかもしれない。モノがよく見えるということは、集中状態に入りやすいのか? もしかしたら、細かい組織が鮮明に見えることによって、認知する時間が減って、すぐ行動に移行できるサルの脳の神経網のように短絡化するのかもしれない。

ある刺激に対して、サルよりヒトのほうが、脳波の反応に時間がかかる。ヒトのほうがジワジワっとより多くの神経細胞に情報が拡がるため、時間がかかるようだ。ただ、時間の幅ができるため、過去から未来の変化を認知できるというメリットがある。ライオンやトラにいつ襲われるかわからない瞬時の判断が重要な自然界では、サルの認識が有利である。サルは動きの速いものを静止画やスローモーションのように認識できるが、ヒトは軌跡としてしか認識できない3)

よくロボット手術の術者は「患者さんの体内に入り込んで、手術をしているような感覚」と言う。そしてダ・ヴィンチ手術においては、組織や臓器が拡大されて、ものすごくよく見えるのに加えて、立体視が拡大しているので、患者さんの組織や臓器を岩山に喩えると、岩山と岩山の隙間を高速で飛んだり、浮遊したりして移動するのだが、視覚優位のせいか身体は自然についてくるような感覚で、その没入感はハンパではない。没入感というより、患者さんの体内に頭を突っ込んで手術しているようなので、没頭感と言うべきか?

ゾーンについては、よくスポーツ選手が体験するようであるが、元陸上競技選手の為末大さんは「ゾーンは超集中状態で、何度か入ったことがあるが、説明するのは難しい。いつの間にかに入っていて、気がついたときには終わっている。ただ、ゾーンの最中は、没頭のような、忘我のような、夢中のような状態で、走っているよりも、気がついたら走っていたという感じ」と、おっしゃっている。

手術中に感じる没入感や没我感は、適度な集中状態であれば悪いことではない。パフォーマンスをよくするためにはゾーンに入るのは良いことであり、ダ・ヴィンチの手術は入りやすい仕組みになっている。ただあまりにも没入すると、全体が見えなくなり、トラブルの原因になるので、時々休憩を入れて、森全体も見渡すこと、集中しすぎないように意識することも重要である。

文献
  • 1)A. K. セス:脳が「現実」を作り出す.日経サイエンス編集部(編):脳と心の科学―意識,睡眠,知能,心と社会(別冊日経サイエンス 243 ).pp36-44,日経サイエンス,2021.
  • 2)PR TIMES:“視覚と味覚が試される”キャンペーン広告がデザイン賞受賞!「ぜったいに ばなれい」どやらきのリニュアール!,2018,https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000034231.html [accessed 2025-02-17]
  • 3)NHK:ヒューマニエンス 40億年のたくらみ―“神経” 謎だらけのネットワーク,2023,https://www.nhk.jp/p/ts/X4VK5R2LR1/episode/te/78LMQG23W8/[accessed 2025-02-17]

木も見て,森も見る。

(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)

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