2025/04/14
さて、今後のロボット支援手術はどうなっていくのだろうか? 本邦においては保険の問題がなければ、ダ・ヴィンチ手術は骨盤内のあらゆる手術にアドバンテージがあるし、上腹部や他の領域の手術にも有用性を示せるものが結構あるのではと思う。現に、他の外科系の手術でも次々とロボット支援手術が保険適用になってきたし、泌尿器科の領域は膀胱がんの根治手術や女性の骨盤性器脱の手術も含め、多くの手術がすでにロボット支援手術へ移行している。出血が少なく、剥離面を形成しやすいという点で、骨盤内の手術であれば再手術にも向いているかもしれない。医原性のトラブルである膀胱膣瘻や尿路直腸瘻なども、ダ・ヴィンチ手術が向いているように思える。
さらに、自動車が人工知能(artificial intelligence:AI)を取り入れて安全で効率的な運転をめざすように、手術においてもAIによる安全機能が付加されていくのではないか。そしてこのAIであるが、deep learning(深層学習)という機能も備え、もはやチェスの王者のみでなく、将棋や碁のプロ棋士まで歯が立たなくなりつつある。
さて、外科医の仕事、とりわけ手術について考えた場合、以前は特に重要であった冷静さや忍耐力は、現代の手術においても重要ではあるが、分析力、思考力などはあまり必要とは思えない。 むしろ優秀なスポーツ選手がもつ運動神経、あるいは反射神経のようなもののほうが、よほど重要に思える。あとは通常の手術であれば、順序よく遂行するための段取り力、ときどき細部から全体を見通す俯瞰力のようなものも重要であろう。すなわち、手術は技能であり、反射であり、作業であり、今まで述べてきたように、大脳皮質に蓄えられた莫大な質感の記憶や、それによって引き出される技術の選択力や正確さなどの手続き記憶の多様さが重要ではないか。
AIは深層学習によってチェスや将棋の王者を負かすだけでなく、最近では小説を書き、レンブラントの描写様式を覚え込ませることによって、レンブラントが描いたとしか思えないような贋作を描けるようになってきているそうだ。もちろん、ベートーベン風の作曲も短時間で可能と聞く。したがって将来は、大量の手術情報を覚え込ませる必要はあるが、平凡な外科医より、あいまいさを排除した厳密な手術の遂行がAIによって可能になるのかもしれない。
外科医の場合、経験を積むにつれて多くの有益な情報を蓄積していくが、AIと異なる点は、あいまいさを排除できない点であろう。ヒトの大脳はあいまいに記憶する。そのあいまいさが、時にある種の小さな創造を生み、気づきや発見をもたらすこともある。あるいは、あいまいな記憶が微小な構造の差異や微細な対処の違いを飲み込んで、柔軟性という能力を生み出してくれる。あいまいさの利点は科学的とは言えないので、アートと呼ぶべきかもしれない。あいまいな記憶であっても大量に蓄えていけば、新たな境地に達することができるのがヒトの天然知能(natural intelligence:NI)の優れた機能ではないか。
現実には、AIを搭載した外科医ロボットの開発はすでに開始されており、まだプリミティブなものであっても、ブタの腸吻合においては、エキスパートと同程度の能力があることが報告されているらしい。そう遠くない将来、ロボットの小型化や、人工知能の導入で、疲れを知らず、愚痴も言わず、言いワケもしないロボット外科医が誕生する可能性がある。そのとき、外科医の仕事はなくなってしまうのか? そして、患者になったとき、仕事の少なくなった外科医と、AIを搭載した外科医ロボットのどちらに手術をしてもらうのか、究極の選択を迫られる時代がくるのかもしれない。
(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)
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