2025/03/31
一般的に、ダ・ヴィンチ(da Vinci Surgical System)手術は腹部にいくつかの小さな孔を空けてポートを挿入し、そこから内視鏡や手術器具を挿入したり、それらを操作したりして手術する。この点では腹腔鏡手術の延長にあり、従来の開放手術に比べて術後の痛みが圧倒的に少ない。また、術中は炭酸ガスで腹腔内を膨らませるので、ワーキングスペース(手術器具を自由に動かせる空間)が広くなるとともに、静脈圧より高いため出血が圧倒的に少ない。出血が少ないと、術野が血液で汚染されず、解剖を人体模型のように鮮明に見ることができる。
さらに細かく見たいところはズーム機能でかなり拡大できる。また3D(立体視)なので、2Dのモニターを見ながら施行する従来の腹腔鏡手術と異なり、立体的に解剖を捉えることができ、距離感も正確なためか、ラーニングカーブ(技能の習熟までの経験量)が短い。立体視ができると、臓器や組織などの裏側に隠れている糸や針なども、直感でつかむことができる(平面視だと、内視鏡を臓器や組織などの裏側にもってこないといけない)。両眼視による術野への没入感に陶酔さえ覚えるのである。さらに、挿入される鉗子類、持針器、ハサミなどは人間の手指の関節可動域よりも大きく動き、それこそ骨盤の奥の狭いスペースでも自由自在に繊細な操作が可能である。
以上が、一般的に知られているダ・ヴィンチの利点である。ただし、私が実感するダ・ヴィンチ手術の最も優れた特徴は、サージャン・オートノミー(術者の自律性とでも訳すのか?)と呼ばれる、肉眼では直接目視できない部位(例えば骨盤の奥深くや、臓器と臓器の隙間など)へ、両手の手術器具と視覚(内視鏡)が同時に術者の意志で瞬時に移動でき、そこで繊細な操作を可能にしたことにある。
喩えて言えば、自分がミクロな人間になって、手術したい部位のすぐそばまで行って、目の前で観察しながら作業するというイメージとなる。先ほど没入感に陶酔すると書いたが、これはまるで、初めて月の裏側を見た時のような感動がある(実際には見たことがないが)。 術者がお腹の中で視野を移動したい時には、カメラペダルを踏んだ状態で、両手でそちらと逆の方向に動かすと、カメラごと移動できる。 外科医は、この操作をトレーニングによって簡単に身につけるが、あまりにも直感的にできるため、ダ・ヴィンチの長所として意外に認識されていない。Intuitive Surgical社の方に尋ねても、この機能自体の特許はないとのことであるが、この機能こそが、ダ・ヴィンチ最高の機能であると私は密かに考えている。
今まで述べてきたように、ダ・ヴィンチは画期的かつ革新的な手術支援ロボットであるが、触覚がないことが欠点であるとも言われている。どんな手術でも開放手術の経験があると、臓器の硬度や質感の記憶があるし、それらをどの程度の力で把持したらよいのか、糸結びするときはどの程度の力で締め上げるべきか、ある程度はわかる。ダ・ヴィンチ手術を始めて間もないうちは力の感覚がないので、組織を強く把持しすぎて裂いたり、結紮時に糸が切れたりする恐れがある。さらに膀胱は柔らかく、前立腺は実質臓器なので硬めのため、触覚があれば硬さの違いで両者の境界がわかり、上手に離断することができる。しかしダ・ヴィンチ手術の初期では、膀胱も前立腺も、触っても、つかんでもフニャッとして区別がつかないので、膀胱側に切り込んだり(あまり害はないが)、前立腺側に切り込んだりすることが起こる(しばしばその後、オリエンテーションがつかなくなる)。
ところが、おそらく視覚的な手がかりが、徐々に触覚や力覚の代用をするので、そのうち触覚が生じたように感じられてきて(私はみんなに「触覚が生えてくる」と言っている)、それこそ直観的にスラスラとできるようになるのが不思議である。視覚と力覚の共感覚が芽生えるのかもしれない。ちなみに昔の開放手術の名人は、この触覚(正確には力覚ではない)が優れていたのではないかと思う。前立腺の開放手術では、骨盤内の狭い所で、前立腺と直腸の剥離面は見えないので、触覚を頼りに剥離し、尿道とその腹側の静脈群を親指と人差し指でつまみながら、その感覚を頼りに静脈群だけを処理していたのではないか(開放手術でこの静脈群の処置を誤ると、たまに大出血をするので、ちょっと出血が多くなってくると、気の短い術者は狭い骨盤の中に手を突っ込んで、前立腺を指でゴニョゴニョと周りから剥離して、尿道からバサッと切って、今から思えば心霊手術のように「エイヤーッ」と摘出していました)。
開放手術の時代は、ある意味、出血と時間との戦いでもあった。深くて見えないところを見ようとすると創は大きくなったし、繊細な操作も出血がないことが前提となる。特に泌尿器科の手術では、深いところでいったん出血が起こり始めると、視覚はあまり役に立たない。触覚を頼りに、迅速に手術を完遂させることが優先ということになる。術前のシミュレーション通りにいかないと不満足であった。膀胱と尿道をつなぎ直す操作(吻合)の際の、糸の結び目の締め方もまさに指先の感覚のみで行っていたのが、今となっては、なんと不確実だったことだろうと思う。もしかしたら、ダ・ヴィンチの視覚による仮想触覚のほうが、正確(?)かもしれない。
(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)
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