2025/07/21
ノラリは大脳の記憶の引き出しを開け、手術をしたり、アイデアを生み出したりしている。
引き出しは多ければ多いほどいいようだ。
私がこれからやってみたいロボット支援手術は、尿道括約筋の機能不全による重症な尿失禁で困っている患者さんの括約筋再建術である。原因は主として前立腺がん治療後の医原性の括約筋損傷である。
私は本来、ニッチではあるが、尿道の外傷性狭窄や尿管狭窄の修復など、尿路再建術を生業としてきた。尿路再建はがんの手術に比べて、手術でうまく修復できると患者さんに大変感謝されるので、やりがいのある領域ではある。ただし、尿道括約筋の損傷による重症の尿失禁は、手術的に機能再建は困難だったので、「人工括約筋」なるサイボーグ的デバイスに頼るしかなかった。確かに、保険適用で埋め込み術が可能になったので、現状では重症な尿失禁に対して第一選択の治療になっているし、患者さんの満足度も高い。ただし、これは埋め込み前の、立ち上がるたびに下着や床を濡らしてしまうかもしれない予測不能な状態に比べればずっと良い、という意味での「満足」である。人工物なので、感染のリスクもあり、劣化で壊れることもあり、何しろ、排尿の前後に陰嚢内に納められたスイッチを押さなければならないのは面倒くさいであろう。さらに、装着された人工括約筋により尿道が圧迫されてダメになってしまうリスクがある。したがって、埋め込むには全身全霊の決意が必要だ。
そして私は、人間とは「魂(心)+機械的な身体」で構成されるという見方(デカルトによる心身二元論)に基づく、身体の一部を人工物に置換していけばよいという西洋的な発想は好きではない。古くさいと言われるかもしれないが、「ヒトの体はヒトの体で治したい」というのが私のポリシーである。
だったら……作っちゃえばいいじゃない! そう思ったのが運の尽き。いや、運の始まりかわからないが。
「経括約筋的後部尿道形成術」、この新術式は、人工括約筋を使わずに自前の残存した括約筋組織を利用して、括約筋の働きを再現あるいは強化しようという試みだ。残存した括約筋と周囲組織の複合体の内腔に球部尿道を通過させ、膀胱と吻合し直す(つなぎ直す)のだ。生体本来のしくみで“締める力”を取り戻す手術法と言える。そして、この手術は恥骨裏側の狭いスペースでの再手術になるので、ロボット支援手術の真骨頂ここに極まる、ということになる。ロボット支援手術が得意とするのは、こうした深部・狭小スペースでの微細作業だ。まさにロボット支援手術は、人の脳の潜在力を引き出す装置なのである。
ロボット支援下経括約筋的後部尿道形成術の流れ
この術式が確立すれば、重症尿失禁の患者さんにとっては福音となる。人工物に頼らず、生体本来の力で排尿をコントロールできる。つまり、失われた“禁制”を取り戻すということだ。「トイレに行けるときに行ける」、そんなあたりまえの自由が、どれだけ尊いか。ノラリ、括約筋再建術に挑む。
今、次の研究課題のタイトルはこう記されている。「ロボット支援下経括約筋的後部尿道形成術」。現状では、括約筋の機能不全も合併するであろうと予測される、膀胱尿道吻合部が離解して瘢痕閉塞してしまった患者さんにおいて、一例成功したところだ。
ロボット外科医・ノラリの挑戦はまだ終わらない。括約筋を再建し、失禁に終止符を打つ日まで。それをロボット支援手術が可能にしてくれるのではないか。ノラリは密かにチャンスを待っているのだ。
(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)
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