2024/12/16
「己六才より物の形状を写すの癖ありて 半百のころより数々画図を顕すといへども 七十年画く所は実に取るに足るものなし 七十三才にしてやや禽獣虫魚の骨格 草木の出生を悟し得たり 故に八十才にしては益々進み 九十才にしてその奥義を極め 一百歳にして正に神妙ならんか……」とは葛飾北斎の「富嶽百景」の跋文である。世界に認められた画家の記憶からすると、少なくとも6歳頃より、モノを描くトレーニングを開始したことになる。
ヒトは一生、学ぶことはできるというが、ある能力や技能を自然に身につけるには、それぞれに適切な時期があるようだ。「臨界期」という。何か一つの技能を覚える(記憶する)ということは、簡単にいえば脳内のニューロンがシナプスで連結し合って、一つのプログラムを形成することによる。別の能力は別のニューロン網によって、別のプログラムで発揮される。
面白いことに、ヒトのニューロンは生まれたばかりの臨界前期のほうが、ニューロンの数もシナプスによる連結も莫大で最も多いらしい。これらのニューロンは規則正しく自発発火しているようだが、臨界期に入る前には抑制性のニューロンも発達することになり、自発発火は激減すると同時に、多くのニューロン網も激減する現象が起こる(刈り込み現象)。それまでの外部からの刺激に反応して形成されたニューロン網は残り、それ以外は間引きされるのである。乾いたスポンジが多孔質で水分を吸収しやすいように、一度発達して残ったニューロン網が、これから刺激の洪水を受け入れるように整った状態ともいえる。すなわち基本的なプラグラムは残しておいて、これから大量に学習して、新たなプログラムを形成し続けるために、そのためのスペースをたくさん空けておくのである。
どんな時代にどんな環境に生まれてこようと、幼小児期はこの世の中で生きていくための術(すべ)をいち早く身につけなければならない。生まれたときにニューロンが最も多く準備されているのは、その時代や環境に適応するためで、後から不必要なものを削除できるようになっているのであろう。さらに北斎のように、興味や訓練で、そのスペースに新たなプログラム網を形成していくようにできているのかもしれない。
それでは、外科医にも臨界期のような時期があるのであろうか?
(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)
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