
退院後訪問を再開し、患者さんに寄り添う看護を
嵐口 美穂 ARASHIGUCHI Miho
当院の地域包括ケアセンター病棟(以下、地域包括ケア病棟)は、急性期の治療を終えた後、自宅に帰って生活できるよう支援するための入院施設です。地域社会のニーズに応え、高齢者の尊厳の保持と自立、生活支援を目的として2016年に開設されました。可能な限り住み慣れた地域で生活を継続できるよう包括的な支援とサービスの提供を行っています。2023年の新棟移転時に地域包括ケア病棟の看護師長を務めていた嵐口 美穂さんに 地域包括ケア病棟にかける看護への思いを聞きました。
「寄り添う看護」をめざして看護師に
私が看護師を志したきっかけは、中学一年生の時に祖母が肺がんで入院していた病棟の看護師さんとの出会いです。当時は白いキャップをかぶり白衣を着た姿がまさに天使のようで、本当に優しく、子供心に「看護師さんって素敵だなあ」と強く印象に残りました。高校生になってからナイチンゲールの伝記を読み、こんなに古い時代から看護という仕事があったことに感銘を受け、決意が固まっていきました。
最初は脳神経外科に配属、1995年開設したばかりの当院に入職し、内科病棟、泌尿器科病棟、手術室、内視鏡、外来、透析室、整形外科病棟、耳鼻科病棟、様々な部署を経験し、地域包括ケア病棟では6年ほど師長を務めました。
在宅復帰に向けての支援が目的
地域包括ケア病棟では急性期の治療を受けて病状が安定した患者さんが在宅復帰できるように、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士等がチームとなって、患者さんの機能を回復させるための生活リハビリを中心としたケアを行います。入院日数が60日以内と限定されていますが、在宅復帰という地域包括ケアの本来の目的で利用されている方のほとんどは20から25日ぐらいで退院されています。退院後に自宅に帰る方、施設に入る方、他の病院に転院する方、さらに看取りの方まで様々です。急性期病棟から転棟してきたときに不安そうだった方も穏やかな表情となり、多くの方は期間内に在宅でも大丈夫な状態まで回復されます。
骨折、脳卒中、認知症の治療後のケア
当院は救急外来を365日受け入れていますので、直接救急外来から入院される方もいます。直接の入院は腰の圧迫骨折で入院される方が多いです。また、整形外科であれば転倒で足や肩を骨折し手術をした後のリハビリや、脳神経外科であれば、脳梗塞、脳出血の治療を終えた方で身体に麻痺が残っている方がリハビリを強化するために転棟してきます。
高齢で認知機能が低下している方も多いため、夜、寝られなかったり、不安で夜になると大声を出したり、ふらふらしながら廊下に出てきたりする患者さんもいます。当院には認知症の認定看護師が2名所属していますので、夜しっかり眠るために、昼間に体を動かして運動したり、室内では折り紙などのレクリエーションの機会を多く作るようにしたりしています。
メディカルスタッフが主体となるケア病棟
地域包括ケア病床は56床あり、看護スタッフは看護師が約30名、補助者が10名の全部で40名ほど所属しています。補助者というのは介護福祉士やヘルパーさんといった資格保持者と、事前に教育を受けた資格がない人もいます。急性期の病棟では安全に手術を終わらせ、治療に専念することが目的ですが、ここでは治療を終えた人たちがゆったりとした気持ちで療養し、リハビリをすることを目的としています。ドクターが主体の治療の場でなく、看護師をはじめとする多職種のコメディカルが連携し、主体的に患者さんの回復を支援します。
急性期とは違った意味でのやりがい
仕事はハードですが、スタッフはみんなリラックスしていて、患者さんとはいつも明るく接しています。それを実践できるのはスタッフの年齢層が少し高めで、様々な経験を積んでいることが大きいのかもしれません。
看護師以外のスタッフには、家族の介護経験者も多く、自分の家族に寄り添うような気持ちで患者さんと向き合っています。何よりも、ほとんどのスタッフは地域包括ケア病棟で働くことを希望して集まってきていますので、ここでの看護に誇りを持って患者さんへの対応にあたっています。急性期の病棟とは違った意味でのやりがいやケアの醍醐味を感じて働いているのです。最近は新人の看護師が配属されるようになったのですが、そういうプラス思考の風土が若い人たちにもいい影響を与えているに違いありません。

「寄り添う看護」を実践するために
私が中学生の時に出会った看護師さんのように、「患者さんに寄り添う看護がしたい」と理想を抱いていたものの、新人の時は忙しすぎて自分のことだけでせいいっぱいでした。5、6年ほど経った頃から少しずつ余裕がでてきて、「寄り添う看護」について考えられるようになりました。
「寄り添う看護」というのは患者さんの話をしっかり聞いてあげることだと思っています。現在、師長となり、患者さんと接する時間がどんどん少なくなっています。毎朝、申し送りと言って夜勤からの報告を受けるのですが、それが終わった後に、気になった患者さんのところを中心に巡回するようにしています。「夜眠れなかった」とか、「おしっこを失敗してシーツを交換した」とか、「家に帰りたいと泣いていた」とか、毎晩、本当にいろいろなことが起こります。直接お声がけして、患者さんの気持ちや悩みを話せる機会を作ることは、患者さんとの信頼関係を築く上でとても大切なことだと思っています。
居心地の良さを重視
現在の地域包括ケア病棟は、2023年に増築した新しい建物に移転したばかりで、とても居心地のいい快適な空間です。今までは4人部屋の病室が狭かったのですが、新しい病棟では広くなりました。同じく広くなった食堂は、窓を大きくしたことで、雄大な山々を眺めながらゆったりとした気持ちで食事ができます。手すりがついた廊下が広くなり、歩行リハビリもしやすくなりました。トイレの数も増やしたので、今までのような順番待ちがなくなりました。お風呂は四つも作ってもらい、お風呂に入れる回数が増えました。バブルバスの機械浴槽なので、泡のお風呂に入りながら爪を切ってあげることもできて大変喜ばれています。
患者さんの中には自分でナースコールが呼べない方もいます。新しい病棟のベッドにはすべてセンサーが内蔵されていて、患者さんの体調が悪かったり、トイレに行きたくてそわそわし始めると、アラームでナースコールに知らせてくれたりするので安心です。
2023年には「mediVRカグラ」という、歩行に必要な運動機能と姿勢バランス、認知機能を総合的に評価するVRの医療機器を導入しました。仮想空間で体幹を鍛えることで歩く速さが速くなるといった驚きの効果を上げています。
退院後の調整にも時間をかけて対応
新しい病棟には訪問看護ステーションが入っていますので、退院後の在宅支援や手続きを院内でよりスムーズに行うことができるというのも大きな特徴の一つです。家族の協力がなければ自宅療養が難しいと思われる場合は、入院中にご家族には何度か足を運んでもらい、回復の経過や状況を見てもらっています。市から派遣されたケアマネさんにも加わってもらいながら、退院後に訪問看護やヘルパーさんを入れる等、さまざまな介護サービスやショートステイを提案し、ご家族への介護指導も行っています。また、退院後に骨折させないように、自宅に手すりをつけたり、段差を無くすように指導したりもします。本人同行のもとで退院前に看護師、リハビリ担当者がメジャーを持ってご自宅に伺うこともあります。退院後の調整にはケア以上に時間をかけて丁寧に対応しています。
「やっていてよかった」と思える瞬間
患者さんは日々回復に向かっていますので、毎日顔を合わせているうちに、ご自身の生い立ちや家族のこと、仕事のことなどいろいろな話をしてくれるようになります。入院期間が長い患者さんとは、患者と医療者の関係を超えた人間同士のつながりが生まれることも珍しくありません。退院する時に、歩けなかった人が歩けるようになったり、動かなかった右手が上がるようになって「バイバイ」と言われたりすると、本当に嬉しくて「看護師をやっていてよかった」と心底思います。その反面つい寂しくなって「また来てね」と言いたくなってしまうこともあり、複雑な思いで送り出しています。
患者さんの意志や選択を尊重する
患者さんと接する中で、大切にしていることは絶対に決めつけないことです。私たちから見てこの人は自宅に帰るのは無理だろうと勝手に決めつけてしまいがちなのですが、退院後にまず本人がどうしたいのかを聞いてあげるようにしています。家族に心配をかけたくないので施設に入るという人もいますが、本当は治して家に帰りたいと考えている人の方が圧倒的に多いのです。病棟内では医師、リハビリの専門家や栄養士、ソーシャルワーカーがチームとなり、どのサービスを利用すれば在宅が可能となるのか、何度もカンファレンスを開いて議論します。もちろんご家族の意向も尊重し、できる限り本人の希望に沿うようにしたいと考えています。けれども、家族がいなくて帰るところがなかったり、家族がいても昼間は働きに出ていて、面倒を見てくれる人がいなかったりする人もいます。患者さんの尊厳を守ってあげたいと思いながらも、家族や経済的な事情で本人の希望どおりにいかない時はジレンマを感じずにはいられません。

退院後の訪問を再開させたい
コロナ前までは、退院後心配な患者さんには、退院して2週間後ぐらいにご自宅への訪問を行なっていました。患者さん本人や家族の方が困っていることがないか、どんな表情で生活しているかを見させていただくことは、自分たちがやってきた看護が本当に正しかったのかを確かめる意味でもとても重要で、働いている看護師のモチベーションアップにもつながります。ご自宅にうかがい、悩みや不安を話せる機会を作ってあげるためにも、退院後訪問を少しずつ再開させたいと考えています。
病棟のスタッフは患者さんと真摯に向き合い、寄り添う看護を実践しています。リハビリだけの入院や家族の方の介護疲れを解消するために一時的にお預かりするレスパイト入院の受け入れも行っていますので、ぜひ気軽にご相談いただければと思います。