2025/05/26
ダ・ヴィンチ手術(da Vinci Surgical System)では、「見ること」と「触ること」が、とても深くつながっている。本当は、この手術支援ロボットには触覚センサーがないので、手で触った感覚は得られない。でも、カメラを通して見ているだけなのに、「ここの組織は硬そう」「この部分は柔らかいな」といった手ごたえが、なぜか感じられるのだ。この感覚は、実際にダヴィンチを操作してみないとわからないのが残念なところである。
人間の五感は、それぞれバラバラに働いているように見えるが、脳の中ではお互いに連携している。たとえば、「紙ヤスリ(サンドペーパー)」という言葉を聞いて、そのザラザラした手触りや、色・質感を思い浮かべたことはないだろうか? また、「子犬のワルツ」という曲を聴くと、子犬が元気にじゃれつく姿が思い浮かんだり、逆に文字を見ただけでメロディが頭の中に流れたりすることもあるだろう(ちなみに、私の頭に浮かぶ子犬は白いのだが、みなさんの子犬は何色だろうか?)。
このように、私たちの記憶には、いろいろな感覚が組み合わさって刻まれている。本来、視覚や聴覚、触覚といった感覚を処理する脳のエリアは分かれているが、実はその構造はどこもよく似ていて、情報の処理の仕方も共通しているという仮説がある。だからこそ、目が見えない人でも音で空間を感じたり、手の感覚がより敏感になったりするのだ。これが「脳の可塑性(かそせい)」と呼ばれる力である。
さて、ダ・ヴィンチ手術の話に戻ろう。人間の脳は、いつも周囲の状況を把握して、次にどうすればよいかを予測している。外科医も同じで、モニタに映された体の中の映像を見た瞬間、「この膜は薄いのか、厚いのか」「ここは硬いのか、もろいのか」といったことを判断し、どう動けばよいかを瞬時に決めている。
目で見た情報は、頭の中で手の感覚に置き換えられ、「このくらいの力で引っぱれば、ちょうどよさそうだ」といったことが予想される。そしてその動きによってまた新しい映像が映し出され、それが次の判断材料になる。この繰り返しによって、経験が積み重なり、自然と適切な行動ができるようになるのである。熟練してくると、体の中の構造がまるで自分の部屋のように感じられるようになり、ベストなルートを通って目的の臓器だけを的確に取り除けるようになる。多少の個人差があっても、それを吸収して、安定した結果へと導くことができるのだ。
ここで、こんなふうに思う人もいるかもしれない。「そんなに毎回うまくいくなら、飽きちゃわないの?」と。でも実は、外科医はこの“安定した繰り返し”を、あるいは“確たるマンネリズム”を密かに楽しんでいる。思った通り(予測通り)に物事が進んでいくのを見るのは心地良くて、安心感があるのだ。陶芸家や彫刻家の、イメージ通りの作品ができたときの快感と似ているかもしれない。
もちろん、時には予想通りにいかないこともある。でもそれはそれで刺激になり、新たな発見や学びにつながる。そうした出来事も、やがて経験の一部となって、予測できる範囲に収まっていくのだ。
1)ジェフ・ホーキンス,サンドラ・ブレイクスリー(著),伊藤文英(訳):考える脳 考えるコンピューター〔新版〕,早川書房,2023.
(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)
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