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ロボット手術はなぜすごい 連載 第30回

コラム ロボット手術はなぜすごい

2025/05/19

第30回 大脳皮質は記憶の寄せ集めで世界のモデルを創る

ノラリ・クラリ(ロボット外科医)

手術では拡大視野で様々な組織構造が現れるが、それを無意識に記憶していくことによって、無数の構造に対応できるようになる(イラストはあくまでもイメージです)。

仕事や学習、生活において、記憶あるいは記憶力がとても重要な要素・能力であることに異を唱える人はいないと思う。記憶力に優れている人は仕事ができるし、勉強もはかどるであろう。私といえば、若い時から記憶力はかなりダメだったので、「だったら、記憶力がなくても創造性や直観力のほうで勝負すればいい!」と考えていて、記憶力がかなり劣ることをむしろ誇りに思っていたフシもある。今思えば、若気の至りである。

記憶がなければ何も生まれない

創造は、既知のアイディアの組み合わせであると言われているように、既知のアイディアを豊富に記憶し、無意識に吟味していないと新しいアイディアは生まれないのである。つまり、ゼロからアイディアは生まれないのだ。直観も今までの莫大な経験の記憶から生まれる。さらに「自分は○○である」という自意識や、心でさえも記憶がなければ生まれないのではないか?  創造は記憶であり、直観も記憶である。そして自意識も記憶であり、心も記憶であると言える(ちなみに私は心は仮定の産物であると考えている)。意識も記憶によって立ち上がる。すべて記憶の上に成り立っているのである。

大脳皮質は世界のモデルを創っている

進化的に“古い脳”は生命維持に重要な機能をはたしているが、大脳の新皮質はわれわれの世界や環境の構造、カラクリやモノの質感などを感覚器を通して無数に記憶している。そして運動や技能あるいは技術なども経験を通して記憶として蓄えられている。大脳は、その無限の記憶を現在置かれている環境と無意識に照合して、変化したことはないか、よりよく生きるために問題が生じていないかを常にチェックする予測器官である。全ての記憶は、ニューロンのネットワークに蓄えられる。その容量はほぼ無限である。しかもその記憶は、単なる「メモ帳」みたいなものではなく、かなり賢い仕組みで保存されている。

大脳の新皮質の記憶様式の特徴
  1. 新皮質は、空間的・時間的なひろがりのあるパターンやシークエンスで記憶する。
  2. 新皮質の記憶は、不完全かつ部分的な情報からでも完全なパターンを想起できる。部分的な情報から全体の記憶を呼び出せる。
  3. 新皮質の記憶は、感覚の多少の変化に惑わされずに正確に想起できたり、状況のばらつきにかかわらず正確に運動記憶を実行できる。
  4. 新皮質の記憶は、下位の曖昧な知覚から、上位に向かって、より正確な知覚となり記憶される。

これだけだとわかりにくいが、われわれはこの世界や構造を、あるいは知人の顔やモノの質感を現実世界のモデルとして無限に記憶している。生まれてから、この世に存在する無数のモデルを見たり、触れたり、あるいは舐めたりして、記憶している。また、日常生活において何かの目的で手を動かしたり、何かを作ったりする時でさえ、脳内で計算して行うのではなく、すでに蓄積された運動の記憶にアクセスしているのである。「脳は計算機じゃない、記憶機だ」と言っているようなものだが1)、私のダ・ヴィンチ手術(da Vinci Surgical System)の経験からも、それは実感できる。

例えば、視覚野の大脳皮質にはヒトの顔が無数に記憶されているが、1つひとつは顔全体が空間的広がりを持ってあいまいに記憶されている。決して、目や鼻などのパーツを記憶しているのではない。聴覚野においても、曲のメロディーや虫・動物の鳴き声を時間的なシークエンスとして記憶している。決して、鳥の鳴き声を「ぴ」・「よ」・「ぴ」・「よ」と1音ずつ記憶してはいない。カラオケなどで、前奏が流れれば、自然と歌い出しのメロディーや歌詞が思い出されるのはそのためだ。
ダ・ヴィンチ手術における新たな現実世界

ホーキンスによる記憶の仕組みについての考察や新皮質の機能についての知見は、とても魅力的であるが、多くは仮説であり、証明されているわけではない。自らの大脳で経験した多くの事象を帰納的に考察した新皮質機能のモデルに過ぎないのかもしれないが、私がダ・ヴィンチの手術を経験して直感したことは、彼の仮説はおそらく正しいということである。

開腹手術の時代は、前立腺と直腸の間の膜構造などは、ほとんど指先の感覚(触覚)で探りながら手術していた。ところが、ダ・ヴィンチ手術になってから、その現実世界は大きく変わった。触覚情報がなくなった代わりに、視覚情報が爆増したのである。肉眼では見えなかった微細な血管や膜構造が、拡大されて目の前に現れる。最初は目に映る情報が多すぎて「これ何? どこ? 前立腺どれ?」と混乱した。しかし、何例も手術を重ねるうちに、脳内の「前立腺解剖モデル」がアップデートされていく。そのうち、どんなに前立腺が大きかろうが、小さかろうが、骨盤が狭かろうが、「あ、これはあのパターン」「この膜の剥がし方は、あの時と同じ」と、まるで脳内の手術マップから無意識に最適ルートを引き出せるようになっていく。計算しているわけではない。記憶のネットワークから、手が動くのである。おそらくホーキンスの仮説のように、脳の中では計算ではなく、記憶から正しい方法を引き出しているのではないかと思う。だからこそ、多くの経験を積み、記憶を豊穣に育てることが、最強の手術への道なのかもしれない。

文献

1)ジェフ・ホーキンス,サンドラ・ブレイクスリー(著),伊藤文英(訳):考える脳 考えるコンピューター〔新版〕,早川書房,2023.

(本連載は医学書院のWebサイト『Medical Mashup』より許諾を得て転載しています)

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