
2026/08/20
長野市民病院(長野市)泌尿器科のノラリ・クラリ先生は、ロボット支援手術の黎明期から第一線で活躍してきた。2026年3月に刊行した著書『ロボット手術はなぜすごい? 脳科学が明かすチョっと斜めな上達論』では、エッセーを通じて“手術の名人”が持つ「暗黙知」の本質に迫っている。ノラリ先生に、同院でのロボット支援手術の取り組みや執筆の背景、そして今後の展望を聞いた。(2026年6月16日オンラインインタビュー、計2回連載の2回目)
(本インタビューは、医療従事者向け総合医療情報サイト『m3.com』より許諾を得て転載しています)
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ノラリ・クラリ先生
当院は地域がん診療連携拠点病院として、また当科は泌尿器科がんの集学的治療が中心で、手術に関してはロボット支援手術が主体です。個人的には尿道の外傷性狭窄や尿管狭窄の修復など、尿路再建手術なども専門に行っています。当院では2013年にダ・ヴィンチSiを導入して以来、多くの実績を積み重ねてきました。ロボット支援手術開始時は泌尿器科のみの運用でしたが、徐々にロボット手術の素晴らしさが認識され、消化器外科、婦人科、呼吸器外科などの領域でも、しだいに手術適応が拡大してきました。

がん診療、救急医療、脳・心臓・血管診療の3つを柱とする長野市民病院
ダ・ヴィンチの2台目の導入を見据えて、効率的かつ安全に使用していくために、2022年にロボット手術センターを開設しました。現在は、私を含む6人の医師が合計で8件のプロクター認定を取得しています。2024年からダ・ヴィンチXとダ・ヴィンチXiの2台体制になり、当院全体では2026年3月までの累計で、約2,600件のロボット支援手術を行なってきました。特に泌尿器科の前立腺がんのロボット支援手術は過去に年間の手術件数が全国でもベスト10に入るハイボリュームセンターとして機能しており、2024年の実績は前立腺全摘術135件、腎部分切除術20件、膀胱全摘除術17件、腎盂尿管吻合術6件となっています。
以前、医学書院から2冊の手術書を出版しており、3冊目の執筆依頼を受けました。しかしながら専門書の執筆には大きな労力がかかるので、ロボット支援手術のエッセーならと連載を引き受けることに。かねてから興味のあった脳科学の視点から、自由に楽しみながら書かせてもらいました。2024年10月から2025年7月まで週刊で連載し、40回に及ぶ記事は当院のホームページにも転載しました。
連載を終えて気づいたのは、ロボット支援手術が以前の開放手術の習得に必要な暗黙知をエリミネート(排除)する手術ではないか、あるいは暗黙知を形式知に変換する手術ではないかということ。この気づきから、皆さんに手術だけでなく、人はなぜ上達するのかを知ってもらいたくて、1冊の本にまとめることにしました。

『ロボット手術はなぜすごい? 脳科学が明かすチョっと斜めな上達論』(四六判、320ページ)
以前、当院の院内誌でたびたびエッセー執筆の依頼があり、忙しい時は、“のらりくらりとかわせばいい”と思い、それをペンネームにしました。書籍化にあたっては、初めは医学書院に相談しましたが、同社が扱うのは主に専門書なので、一般読者向けの出版は難しく断念。当院のスタッフからの紹介で、信濃毎日新聞社に話を持ち込みました。2025年9月に編集者と打ち合わせをして、2026年3月の出版が決まりました。
書籍化にあたって意識したのは、ダ・ヴィンチの登場によって、かつては一部の達人(神の手)だけが体得していた、言葉にしがたい「暗黙知」が、いかにして他者にも共有可能な「形式知」へと変貌を遂げたのか。その大きな転換を、脳に蓄積される記憶や直観のメカニズムなど、脳科学の視点から解き明かしていくこと。私が気づいた人の脳の素晴らしさを、その興奮とともに伝えたいため、筆致はなるべくスリリングになるように工夫したつもりです。
冒頭のロボット支援手術のシーンは、書籍化のために新たに書き上げたものです。編集者からの提案で、本の導入として盛り込むことで、その方が一般読者にも入りやすいのではないかと。編集者にお願いしたのは、脳科学に興味のある人に読んでもらえるように、分かりやすくまとめてほしいということです。通読できるように、記事の連載順ではなくテーマごとにまとめてもらい、いくつかの章を書き足しました。
信濃毎日新聞の記事で紹介してもらったこともあり、県内の身近な方に購入していただいています。読んでくれた方の中には、面白くて一気に読めたという感想が多いです。新聞で広告を見て購入してくれた患者さんや、受診時にサインをほしいと本を持ってきてくれた患者さんもいました。また、京都大学泌尿器科の小林恭教授に『泌尿器科紀要』という医学雑誌の編集後記で紹介していただいたり、私が尊敬する脳科学者の池谷裕二先生からメールで素晴らしい感想をいただいたりと、とても励みになっています。
本書の核心は、帯にも掲げている「神の手とは何か」、「人はいかにして熟達するのか」という問いにあるので、医療関係者の方だけでなく、熟達論に興味のある方や身体知に興味のある方、また、AI時代に人間に残る能力とは何かに興味がある方にも読んでもらいたいです。
ロボット支援手術は機器自体がとても高価で、維持費も莫大にかかります。そのことから医療経済や病院経営に過大な負担をかけているとの多くの批判があるのも事実です。しかしながら外科医の立場からしてみれば、これほど素晴らしい技術革新は初めてだと思います。今後、AIとともにロボット支援手術は進歩し、さまざまな領域に広がっていくと推測します。もし手術支援ロボットがより小型化されれば、体腔内や胸腔内にとどまらず、スペースの限られた体表近くの部位にも応用できるようになるはずです。
技術を前に進めるためには、医師自身が患者さんの病態に興味を持ち、既存の方法を上回る手術手法を考え、好奇心を持ってロボットを使い続けることが欠かせません。そうした探究心から生まれたアイデアに技術が追いついたとき、新たな手術の地平が開けるのだと思います。
ダ・ヴィンチには拡大視野や手ブレ補正といった優れた機能が備わっているため、年齢を重ねてもできる限り長くロボット支援手術に携わっていきたいと考えています。本書でも述べているように、直感は経験や時間によって磨かれるのですが、今後は老化との戦いになるかもしれません(笑)。日々、ロボット支援手術を行っていると、「触覚(力覚)がないのに、なぜ感じるようになるのか」といった疑問や、「名人の手指の動きや力の加減をバーチャルリアリティーの技術で初心者に伝えられないか」といったアイデアが浮かんでくることがあります。そうした気づきを手がかりに、人間の能力や大脳の働きを探求しながら、またエッセーとしてまとめていければと思っています。

ノラリ・クラリ先生による挿画
1985年信州大学医学部を卒業し、信州大学医学部泌尿器科入局。1994年にはエジプト・Mansoura Urology and Nephrology Centerへ留学。帰国後、1996年に小諸厚生総合病院医長、1999年に信州大学医学部附属病院講師を歴任。2013年長野市民病院泌尿器科部長を経て現職。日本泌尿器科学会泌尿器科指導医・泌尿器科専門医、外傷・救急医療副部会長、ロボット支援腹腔鏡下手術コンソールサージャン・プロクター(前立腺・膀胱)、日本ミニマム創泌尿器内視鏡外科学会腹腔鏡下小切開手術(ミニマム創内視鏡下手術)施設基準医、信州大学医学部臨床教授。
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